筋ジスの俺が 病院関係者からの質問に答えてみた!part.5【母の言葉と人生会議編】

デュシェンヌ型筋ジストロフィー

どうも!筋ジス ブロガーの翔平坂やで~

主治医からの依頼で
筋ジスや人生会議についての
病院関係者の研修会に母と共に参加。

俺は昔から涙もろくて、
泣きながら語る母の言葉を聞くのは
なかなかに危なかった。

男泣きはさすがに恥ずかしいからな。

しれ~と呼吸器から漏れた風で
目を必死で乾かしていたのは、
ここだけの秘密。

前回の医療関係者からの質問 Part.1~4に
引き続き、そのときの音声を主治医に
文字起こししてもらったものを加筆修正して
皆さんにその内容をお届けいたします。

これまでの病院関係者からの質問 Part.1~4
⇩まだ、読んでいない方はこちらもどうぞ⇩
part.1【病気と人生会議編】
part.2【病気の告知編】
part.3【過去と今の想い編】
part.4【生きるとは?伝えたいこと編】

今回の記事は、
筋ジスや人生会議についての研修会での
病院関係者からの質問への
翔平坂の回答第5弾
【母の言葉と人生会議編】
を紹介していく。

この記事を読んでいただくと、
デュシェンヌ型筋ジストロフィー
(DMD、以下「筋ジス」)

当事者である翔平坂の母が
今まで通ってきた病院への想いと
人生会議で思うこと、心境の変化を
病院関係者からの質問によって、
より深く知ることができます。

筋ジスのあなたやご家族に
希望を届けられますように…

質問への回答が長文のため、
ブログ記事を5回に分けて紹介してきた!
ラストを飾る第5弾をどうぞ~

それでは最後まで
お付き合いしていただけると幸いです。


※本記事は主治医のご協力で音声を文字起こしし、
本人・母の確認のもと掲載しています。
固有名や病院名はプライバシーに配慮して表記を控えています。


母の想い|病院に通い続ける中で…

母をやらせていただいています。
今、そんな気持ちでいっぱいです。

とにかく 幼い頃は 守りたい、治してやりたい、
普通の生活をさせてやりたい。
何が何でも守り通すという
固い決意で、この病院に通ってきました。

そして リハビリを重ねながら
ちょっとでも 普通のお友達と
一緒に 過ごせるようになればと
思って通っていたと思います。

やっぱり、成長するとともに、
いろんなことを感じ取っているのも
知っていました。

どのタイミングで 言えばいいのか。
でも、他人から
この病名を告知してもらいたくない。
どうせなら、自分の口、親の口から。
でも、言えなかった。

ただ、こういう病気ではあるけど、
絶対守ってやるから
大丈夫だからという決意でいました。

でも、何をしても 何を飲ませても、
何を処方してもらっても、
良くなること、維持することが難しく。

ちょっと 維持できても
結局は進行する一方で、
親自身も逃げてしまいたくなりました。

逃げてしまいたくなると、
守ってやれなくなって。親子関係。
もう どこかへ 飛んでいきたい。
どんどん 心が離れていって
どうしようもない時期もありました。

親として失格の言葉もたくさん、
投げてしまったと思いますし。
後悔だらけの生活で。
今でも 本当に申し訳ないと思っています。

先生にも言ったことあるかもしれないんですけど。

病院へ行っても、治してもらえない。
この病院に通っている意味は、何?
もう お薬は要りません。
治療方法がない。よく分かります。

で、この子の病気には何回、毎回毎回、
定期的に受診をしないといけないんですか。

別にもう薬じゃないです。
この人の明日に繋がる何かが欲しいです。
生き方に向き合えるような。
心を切り替えて、病院から帰りたいです。

多分、先生に そう言った気がします。

いろんな病気があって、
治る病気はいいんですけど、
こういう病気に関しては、どう受け入れるか。

この子の人生があって、家族の人生、
私の人生で 前向きに
生きていけるような場所がほしかった。

人生会議に出会って変わったこと(母)

用語ミニ辞書|人生会議(ACP):
将来の医療・ケアについて、本人・家族・医療者が
前もって話し合い、意思を共有する取り組み。


私が 何年、どうこういうのではなくて、
この子の人生があって、私の人生があります。
それに気づかせてもらったのが、
人生会議だったかなと思います。

20年を経て、巡り会った人生会議で、
そこにいる人たちと語るようになってから、
本音が語れるようになって、
子どもの聞けなかった言葉が聞ける。

それによって 自分の言葉も返せるようになった。
そこに 参加された市の方とか、
支えてくれる他の作業所の方、
いろんな方の声が聞けて、
いろんなことを学べた。

お薬なんて いらない。
人の心、言葉で こんなに楽になって、
毎日が前向きに、楽しくなるんです。

ここまで どん底を見たけど、
帰る時には ワクワクして、次、来るときに
何をもっと話そうか。

いろんなことを見つけようとか
思えるようになって、
人生会議が とても大切で、
必要な場所になったと思っています。

今日は、何か抱え込むことなく、
真心を持って 今までのことを
語ってほしいなと思ってきたんですけど。

自分のことをこうやって話してくれたので、
私としては この子の親にさせてもらって
本当にありがとう。

この病気で いろんなことがあったけど、
それなりの価値観で
いろんなことが考えられるようになった。

この子たちと一緒に歩んでいく中で、
自分の人生に、筋ジストロフィーの
言葉の中にある「トロフィー」みたいに
勝ち取れるものがあれば いいなって、
今はそう考えられるようになりました。

そう思えたのは、人生会議があったからだと
私は思っています。

Q|人生会議の理解を広めるために、医療者へ伝えたいことは?

皆さん、小児科さんやし、
ちっちゃい方の受診が多いですよね。

当時を振り返ってみると、
受診するときって
親の思いをガーッて言って、
結局、子どものことは 何も見えずに
親のことだけを聞いて帰っていることが
多かったと思うんです。

親として、反省していることは、
もうちょっと子どもの意見を入れる
タイミング、空間、
それを与えてあげたかった。
だいたいが 親、大人の意見交換の受診に
なっていると思うんです。

そうではなくて、来ているのは
患者である その子であって、
親の人生じゃなくて、親の人生を
そこに つけ加えるものではない。

その子の人生を その子らしく、
選ばせていただきたいです。

なので、皆さんのお力というか、
タイミングを見計らって、
本当の気持ちを汲み取っていただけるような
受診であってほしい。

それが積み重なって
自分の思いをしっかり持てて、
ああしたい・こうしたいと
自分の人生って考えていける
お子さんに育つのだと思います。

Q|人生会議のタイミングは?(母として)

人生会議を始めるタイミングって、
人それぞれだし、考え方も違うし、
全てが合致して これが良いタイミングだとは
言えないと思います。

ただ、大事にしてほしいのは、
親子がつながれるところ。

先生、看護師さん、支えてもらっている
リハビリの先生、いろんな方との関わりの中で、
ふと、タイミングがやってくると思うんです。

その時に、人生会議を提案して、
それでも 受け入れない人もいると思います。

反発する人もある。
それは もう それぞれで その人の人生では、
人生会議が正解じゃない。

人生会議を始めるのを
受け入れてくれた人にしたら、
すごく大きな人生の変化で。

だから、皆さんはいろんな方、
見ていて大変だと思います。

外の世界では、
偏見のある言葉をかけられることがある。
いつも思うんです、本当に。

でも、ここに来て、病院に来ることで、
解放されたり、認めてほしい、
感じ取ってほしい、存在を知ってほしい、
そんな想いがあるから。

皆さん、バーンって強い言葉だったり、
反発だったり、
いろんな感情をぶつけてこられる。

その子の人生のこれからと終わりを
考えるタイミングは分からないんですけど。

でも、皆さんは いろんな患者さん、
ご家族を見ていらして、お子さんの姿、
苦しんでおられる時、
その子どもたちの最期を看取るときも、
そのご家族の今、一番の幸せを
考えてあげてほしいです。

長男(同じ筋ジスの翔平坂の兄)を見ていて

私も 親として 苦しむ子どもを見たくない。
これが安楽死とか どうかはわからないですけど。

私も長男の口から
「安楽死できひんの?」と聞かれて、
先生には「安楽死で無理ですか?」って
言ったことがある。

誰もが 安らかな状態で
人生を終えられるように生きる。導く、
正解はないと思うから、
少しでも 寄り添えるところに
心があれば、お互い 傷つきながらでも、
そこに得るものはある。

それらを希望に転換して、
自分の価値観に変えていけて、
つなげていけたらいいのかなって思います。

いろんな方に 温かく見守られながら、
長男が言ったのが…

なんか あった時、この病院に運んでほしい。
最期は 小さい時からお世話になった
この空間の中で、死亡診断書は、
主治医の字で書いて欲しい。

それを覚えていますね。

長男もちょっと今、目が見えなくなかった。
(筋ジスのリスク|脳梗塞による)

またいつ?それが起こるか?
わからない状態でいて、
いろんな葛藤の中でいます。

苦しいけど、ここに来て 一つでも、
また得て帰れるような、
何かを分かち合える空間にいるというのが、
本人にとって 一番の支えになっているから。

あんな状態でも、本人の性格通りに
ボーッとしているっていうか、
穏やかにさせてもらえているのかなって
思っています。

まとめ

ということで、
筋ジスや人生会議についての研修会での
病院関係者からの質問への
翔平坂の回答第5弾
【母の言葉と人生会議編】
を紹介してきた。

母の言葉を文章に起こした文を
読んでいて、思った。

筋ジスを持つ俺よりも
母のほうが苦しんでいたような気がする。
兄弟で筋ジス。
そして子育ては大変だったと思う。

俺も母に最低なことを言った覚えがあるし、
普通の子どものように子育てが終わっても、
終わらない子の介護という負担で
母の時間を奪い続けた。

母の第二の人生の始まりを遅れさせたことを
申し訳なく思っている。

これからは自分の人生を
生きていってほしい。そう思いながら、
今回の記事をまとめた。

今回は、これまで…


これは個人の体験記であり、
医療的判断は担当医へ——。


病院関係者の質問への回答が
長文で ブログ記事を
5回に分けて紹介してきた。

ついに、このシリーズの最終回。
これまで読んでくださった皆様、
ありがとうございました。

よろしければコメント欄にて
今回の記事・筋ジスについて、
あなたの気になったこと・
ご意見・ご感想を
お聞かせ いただけると嬉しいです。

医療者向け:現場で役立った問いかけ方があれば、ぜひコメントで共有してください。
当事者・家族向け:あなたの“人生会議”の工夫や心の変化、よければ一言お願いします。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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