ある日 筋ジスと生きる俺は 人工呼吸器を本当の意味で ようやく受け入れた!

デュシェンヌ型筋ジストロフィー

どうも!筋ジスブロガーの翔平坂やで~

筋ジスの俺は 人工呼吸器を受け入れている
フリ
をして 長い間 受け入れられずにいた。

しかし ある日 突然
これまであった違和感や葛藤
しゃぼん玉のように はじけ飛んでいく。

今回の記事は 筋ジスの進行とともに
人工呼吸器が 必要になっていく中で
受け入れられずにいる 自分を隠して
見ないフリ をしていた俺が 人工呼吸器を
受け入れた時のことを書いていく。

この記事を読んでいただくと
筋ジス や 他の病気で 人工呼吸器が
必要になったあなた や ご家族が
「カラダは 仕方ないにしても
すぐに無理やり ココロから
人工呼吸器を受け入れられなくてもいい 」

と知ることができます。

今は難しくとも カラダの変化に
いつか ココロが追いついて来る。

そんなときがある。

だから ゆっくりと焦らなくていい。
ここに 人工呼吸器を なかなか
受け入れられなかった 翔平坂がいるから。

人工呼吸器を認められた きっかけとは?

少し前までは 寝ているとき以外なら
最悪 人工呼吸器がなくても
大丈夫だろうと思える状態だった。

もちろん 呼吸機能が弱っている状態で
自発呼吸を続ければ カラダの中の酸素が
足りなくなるのは必然。

そんなことは分かっていても 自分で
呼吸機能の衰えを自覚するのが難しい。

まだ 呼吸は苦しくないから 大丈夫と
思えてしまっていたからこそ 余計に
人工呼吸器を認められなかったのだろう。

ある日から 呼吸が浅く 苦しさを
感じていることに 気付くことが増え
人工呼吸器をつけているほうが
カラダが楽だと 感じるように…。

ここにきて 人工呼吸器がある ありがたさ
と必要性を身に染みて 理解する。

そして できるだけ マウスピースよりも
鼻マスクで過ごす時間を増やしていくと
1日を通して 活力がみなぎるようになった。

この生活を続けるうちに 今まで苦手だった
鼻マスクをつけたまま 飲食物をスムーズに
飲み込めるようになり ここから次々と
人工呼吸器をつけていて 自分の中で
マイナスに感じていたことが消えていく。

これでようやく 最高の人生の中に
人工呼吸器を友人として 迎え
ともに笑顔で歩んでいくことになった。

人工呼吸器に俺が 今も抱いている違和感と葛藤

人工呼吸器の必要度が 増えれば増えるほど
それだけ 筋ジスが進行したということ。

俺の呼吸を助けてくれる呼吸器は
ポジティブな道具ではあるが どうしても
マイナスに捉えてしまう部分がある。

まだ 人工呼吸器を必要とせず 電動車イスで
走っていた頃は 初対面の人との関わりには
そこまで 壁を感じなかった。

呼吸器をつけて 外出するようになった今は
初対面の人に 重病だと思わせてしまい どう
関わればいいのか?と困惑させてしまう。

その結果 俺ではなく ヘルパーさんに
声をかける人が多い。そこに寂しさがある。

人工呼吸器の鼻マスクをつけていると
常に耳の奥に ゴォ~と空気が流れる音が
聞こえ続けて うるさい!

人の声や映画やテレビの音が 聞こえづらくて
楽しみが半減するから ストレスが溜まる。

機械に縛られている自分にも
窮屈さを感じることもある。

車イス・トイレ・お風呂・ベッドに
移動するたびに つけて外す たいへんさ。

呼吸器のバッテリーの残量や機械に
異常がないか? 気になることが多すぎて
人工呼吸器さえなければいいのにと
考えない日はない。

ただ 呼吸器がない生活には戻れないから
逃げ道のない一方通行に疲れてしまうことが
多々あった。

数えだしたら キリがない
違和感や葛藤と戦ってきたな。

自分に必要だと思えたら カラダの一部になる

筋ジスの進行で いやでも 身体に制限が
かかっていき 人工呼吸器などの機械と
同期していかなくてはならない。

まだ 自分の呼吸は 大丈夫だと思える時は
人工呼吸器の必要性よりも
気持ち的な快適さを求めるのは当然のこと!

だから 受け入れられない
自分を責めなくていい。

それでも ふと 感じちゃうよね。
いま 呼吸が浅くなっている とか
ちょっと苦しいかもって …。

深呼吸をして 呼吸を整えたら
復活できるから 気のせいだと
片づけてしまう。俺がそうだったから。

良い例ではないが 人工呼吸器がないと
やっぱり苦しく感じて つけているほうが
楽だと思うようになり 頭では わかっていた
呼吸器の必要性を ようやく認められた。

そこから 人工呼吸器をつける時間を
増やしてみると あっという間に
カラダの一部となっていった。

苦手だった呼吸器をつけての食事も
ただ 練習量が足りなかっただけと気付く。

人工呼吸器を受け入れられない気持ちの
部分から ついつい 色眼鏡をかけていた。

慣れてしまえば どうということもない
ことすら 余計に恐れていたのだろう。

人工呼吸器を受け入れようとするよりも
必要だと思えるまで 気持ちを待ってあげる
時間が大切なんだと学んだ。

ココロとカラダは 一致しているようで
一致していないモノだとも あらためて
筋ジスと人工呼吸器に教えられた。

まとめ

ある日 筋ジスと生きる俺は 人工呼吸器を
本当の意味で ようやく受け入れた!

ということで 筋ジスの進行とともに
人工呼吸器が 必要になっていく中で
受け入れられずにいる 自分を隠して
見ないフリ をしていた俺が 人工呼吸器を
受け入れた時のことを書いてきた。

人工呼吸器が自分の一部と思えるように
なるまで ホンマに時間がかかった。

筋ジスが進行すると 呼吸機能が弱っていく。
それは言ってしまえば 老化と同じ。

なにもネガティブじゃない。すべての人が
通る道。ただ 早いか遅いだけの違い。

そう思って生きている俺でも 人工呼吸器を
受け入れるのは 簡単じゃなかった。

ひとつ 言えるのは 受け入れがたいことを
無理やり 受け入れなくていい。

カラダには必要だとしても
ココロが置き去りになっているから
ゆっくりと待ってあげよう。

今回の記事が 筋ジスや他の難病を持つあなた
そして ご家族の参考になれば幸いです。

また 人工呼吸器とデュシェンヌ型
筋ジストロフィーについて
気になることがあれば コメントを
お待ちしております。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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