
どうも!筋ジスブロガー 翔平坂やで~
筋ジストロフィーの進行とともに、
俺と兄の暮らしには、
少しずつ、介護が必要になってきた。
親もまた、
年齢を重ねていく。
親だけの力では、
介護を続けるのが難しくなり、
気づけば、弟たちを
ヤングケアラーにしてしまっていた。
日々の暮らしが、
俺と兄の介護を中心に回っていることに、
申し訳なさを感じずにはいられなかった。
家族のために、
どれだけ自分を抑えられるか。
どれだけ負担にならずにいられるか。
そんなことばかり考える日々やった。
それでも、
つい家族に当たってしまったり、
きつい言葉をぶつけてしまったりする。
そんな自分の弱さに、
何度も自己嫌悪した。
「家族のために我慢するのは仕方ない」
そう思いながらも、
心のどこかで、ずっと引っかかっていた。
なんで、
自分の心を押し殺してまで、
我慢し続けなあかんのやろう。
そんな葛藤の中で、
我慢している自分を、
うまく隠せない不器用さに、
自分自身への苛立ちが
募っていった時期もあった。
今回の記事は、
障害があるからといって、
人生を諦めなくていいこと。
ときには、わがままになりながら、
やりたいことをやっていいこと。
そんな翔平坂なりの考え方を、
正直にまとめていく。
この記事を読んでいただくと、
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD、以下「筋ジス」)の
当事者である翔平坂の経験から
障害や病気があったとしても
自分の人生を諦めずに生きるために
翔平坂が大切にしている考え方を
知ることができます。
それでは 最後まで
お付き合い いただけると幸いです。
※本記事は、筆者(翔平坂)がデュシェンヌ型筋ジストロフィー(筋ジス)当事者としての
経験・価値観・生き方の実感をもとに執筆しています。
※記載されている考え方や受け止め方は、あくまで筆者個人の一例であり、
すべての障害当事者・ご家族・支援者の状況に当てはまるものではありません。
※本文には、介護・家族関係・自己葛藤・将来不安など、読む方によっては
心理的な負担を感じる可能性のある表現が含まれています。無理のないタイミングでお読みください。
※本記事は、「努力すれば何でもできる」「前向きでなければならない」といった価値観を
押し付けるものではなく、一人の当事者が辿り着いた思考の記録として綴られています。
※人生の選択や生き方に正解・不正解はありません。それぞれのペースや事情が尊重されるべきものとして、
本記事を一つの参考例として受け取っていただければ幸いです。
『どうしようもない』で、人生まで閉じる必要はない

病気や障害は、
残念やけど、いつか消えるものじゃない。
逃げることもできひん。
それはもう、どうしようもない現実や。
でも、
病気や障害を背負った人が、
よく勘違いしてしまうことがある。
「どうしようもないから、
多くのことを諦めなあかん」
そう思い込んでしまうこと。
どうしようもない現実に縛られたまま
物事を考えるようになると、
本当はできるかもしれんことまで、
「もう無理や」「できるはずない」と
先に諦めてしまうクセがつく。
正直に言うと、
かつての俺が、まさにそれやった。
一見すると、
どうしようもないように見えることでも、
工夫次第で、人の手を借りれば、
「できない」を「できる」に
変えられることは意外とある。
やからまずは、
この「どうしようもないこと」って、
本当に変えられんことなんか?
そこから疑ってみてほしい。
好きなことができない。
やりたいことを諦めた。
行きたい場所にも行けなくなった。
そう決めつけてしまう前に、
ほかに方法がないか、
とことん考えてみてほしい。
それでも無理やったら、
そのときは、そのとき。
無理にしがみつかんでもええ。
次の道を探したらええだけ。
俺は、そう考えるようになってから、
「どうしようもない」と思えたことを、
すぐに諦める必要はないんやと気づいた。
「障害があるから無理」
「もうできない」
そんな諦めの予測は、
いったん横に置いとこう。
できるかどうかは、
試してから決めても遅くない。
わがままは、自分を守るための技術

世の中、
障害があるかどうかに関係なく、
誰でも、ある程度は我慢しながら生きている。
それは、ほんまにそうやと思う。
ある程度の我慢は、仕方がない。
理不尽に誰かを傷つける
わがままが許されへんのも、当然や。
でも、何もかもを我慢して、
自分の気持ちを押し殺し続けるのは、
心をすり減らす生き方や。
やから、
自分を大切にするために、
たまには、わがままを言って、
誰かに甘えることも必要やと思う。
すべてのわがままが、
悪いわけやない。
心を押し殺したまま、
何も言わずに溜め込んで、
我慢し続けることの方が、
よっぽどしんどい。
わがまま一つ言わず、
家族や周りのためだけに生きる。
そうやって、
ひたすら気を遣い続けるのは、
やっぱり苦しくなる。
最初はそれでよくても、
人に気を遣い、我慢を重ねるうちに、
「なんで自分だけが…」って、
世界や周りの人に対して、
怒りや憎しみが湧いてくることもある。
ちょっとしたわがままを言うだけで、
周りも、自分も、
お互いにとって、
より楽に生きられる方法は、
きっとある。
ここで、俺なりに考えた
「良いわがまま」と「わるいわがまま」を
書いておく。
俺なりに考えた『良いわがまま』と『悪いわがまま』
良いわがまま
| ・相手の想いや立場に、ちゃんと寄り添っている |
| ・嫌なこと・ツラいことを「やめたい」と伝える |
| ・自分の気持ちが、言葉になっている |
悪いわがまま
| ・自分のことしか考えていない |
| ・明らかに無理な要求を押し付ける |
| ・感情だけで、想いや希望をぶつける |
このポイントを意識しながら、
ほどほどに、わがままを言って、
ほどほどに、甘えよう。
それは、
誰かを困らせる行為やなくて、
自分を守る、生き方の工夫やから。
やりたいことは、できるうちにやっとこう

やりたいことがあるなら、
障害を理由に「できない」と考える前に、
とりあえず、やってみてほしい。
たとえ、そのやりたいことが、
今の自分には難しそうに見えても、
「どうすればできるか?」を
一回、ちゃんと考えてみよう。
もし、翔平坂みたいに
病気が進行性やとしたら、
本当にできなくなる前に、
やりたいことは、
とことん突き詰めたほうがええ。
「病気やから」
「障害があるから」
そう悩んでいるうちに、
やりたいことが
できなくなってしまうのは、
あまりにも、もったいない。
悩みながらでもええ。
今、自分がやりたいこと。
まだ諦めたくないことに
一歩踏み出してみる。
それだけで、
希望は、ちゃんと生まれてくる。
絶望が生まれるスピードより、
希望を生み出すスピードを、
少しだけ早めていこう。
とはいえ、
未来への不安が大きすぎて、
どうしても
やりたいことが思いつかへんときもある。
そういう時期も、もちろんある。
やりたいことがなくても、
べつに焦らんでいい。
そんなときは、
あえて何もせずに、
自分の心を休ませてあげよう。
友人に会ったり、
お世話になった人に会いに行ったり、
昔、訪れた場所に
もう一度、行ってみる。
そうすると、
忘れていた記憶や想いが蘇ってきて、
「これ、またやりたいな」って、
気持ちが芽生えることがある。
これは、わりと本気でオススメや。
ちなみに、
翔平坂は、未来への不安を抱えすぎて、
やりたいことが
何も思いつかへんタイプやった。
せやから、
「人生でやりたいことメモ」って名前をつけて、
頭に浮かんだことを
とにかくリストアップしていった。
壮大な夢じゃなくてええ。
小さなことでええ。
思いついた順で、
どんどん書いていった。
とにかく、
せっかくの人生なんやから、
やりたいことは、
全部やり尽くす勢いで、
楽しもう。
まとめ|障害があっても、自分の人生は諦めなくていい

ということで、
障害があるからといって、
人生を諦めなくていいこと。
ときには、わがままになりながら、
やりたいことをやっていいこと。
そんな翔平坂なりの考え方を、
正直にまとめてきた。
かつての俺は、
すべてを障害のせいにして、
自分から生き方を制限しながら
生きていた。
やからこそ、
筋ジスや、ほかの難病を持つ子どもたちには、
障害を理由に、
生き方を狭めてほしくないと思っている。
人生は、後悔先に立たず。
やっておけばよかった。
話しておけばよかった。
そんな後悔は、
できるだけ少ないほうがええやん。
障害があろうとなかろうと、
人はみんな、生きていたら、
ままならんことばかりや。
やけど、それを理由に、
自分を縛り続ける必要はない。
それに、世の中には、
好き勝手に生きている人も、
山ほどおる。
せやから、ちょっとくらい、
わがままになったっていい。
この記事を読んで、翔平坂の考え方が、
筋ジスを持つあなたや、
そのご家族にとって、
ほんの少しでも参考になったなら、
それ以上に嬉しいことはありません。
よろしければ、
コメント欄にて、
今回の記事について感じたこと、
気になったこと、
ご意見やご感想を
聞かせていただけると嬉しいです。
また、
デュシェンヌ型筋ジストロフィーについて、
気になることなどがあれば、
そちらも気軽にコメントしてください。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



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