
どうも!筋ジス ブロガーの翔平坂やで~
30歳という節目を迎え、
これからの人生を考えはじめた矢先。
俺の心を大きく揺さぶる、
ひとつの別れが訪れた。
このまま遠距離恋愛で
彼女を繋ぎ留めておくのは、
いつからか申し訳ない気持ちがあった。
でも、愛しているからこそ
手放したくなかった。
どこかで彼女から言ってくれるのを
待っていたのかもしれない。
ずるい自分に気付く。
「近くで添い遂げられる伴侶を探したい」
それが理由ならと愛を持って見送った。
愛を手放すのは、愛すべき自分の一部を
手放さざるを得ない筋ジスと
つながるものを感じるな。
手放しても続いていく人生を受け入れて、
前を向こう。
今回の記事は、
筋ジス当事者である翔平坂の
28歳から30歳までの経験を元に
時が解決してくれるのは、
心の問題だけじゃないことと
病気が進行して、奪われても
再び、取り戻せるものがあること
について書いていく。
この記事を読んでいただくと
デュシェンヌ型筋ジストロフィー
(DMD、以下「筋ジス」)当事者が
筋ジスと生きてきたからこそ
気付けた発見と時間の残酷さ
を知ることができます。
また、この記事では、筋ジスと共に
生きる中で“失うこと”と
“取り戻すこと”の意味を見つめ直し、
時間と共に変化する
「心」と「身体」の関係について語ります。
参考になるかはわからないが、
大人になった筋ジス当事者の経験から、
未来を想像してみてほしい。
筋ジスのあなたやご家族に
希望を届けられますように…
それでは最後まで
お付き合いしていただけると幸いです。
※本記事は当事者の体験記です。
困ったときは、各自治体の相談窓口や
医療機関へ早めにご相談ください。
胃ろうとの共生で見えた、“抗わずに生きる”という選択

胃ろう造設から2年が過ぎると、
俺は胃ろうとの相性が良いことが分かった。
特に異常もなく、このあたりは
胃ろうを使いこなし始めた時期でもある。
すっかり、胃ろうの存在が
カラダの一部になって、
意識することがなくなった。
28歳となり、栄養の注入メニューを
考えるのも、楽しくて
健康オタクに目覚めたんよな。
カラダの調子・体力が安定して、
活力あふれる日々に喜びを感じながら、
やりたいことをやりまくっていたのを思い出す。
胃ろう前のカラダが瘦せ細り、
栄養不足気味だった時は
よく体調を崩していたが、
風邪にもかからなくなった。
人工呼吸器の鼻マスクがなくてはならない
今のほうが20代前半から中盤の俺より
元気って不思議…
栄養と呼吸がちゃんと整うだけで、
全然違う。
やっぱり、筋ジスの進行で
必要になる人工呼吸器などの道具は
抗わずに受け入れる。
いや、有効活用するべきだと思う。
そうは言っても、まだ大丈夫って
抗う気持ちもわかる。
ほんまに必要にならんと、
受け入れられんもんな。
まさしく俺もそうやったから。
ただ、こういう進行性の病気の
残酷なところは、抗えば抗うほど時間的に
取り返しのつかないことになりかねない。
俺は運よく、カラダ的にも
ちょうど良いタイミングで
折り合いをつけることができたから良かった。
いろいろと乗り越えてきた
今になって言えることばかりやな。
突発性難聴と涙の夜――時が癒すのは心だけじゃない

筋ジスのリスクの1つである脳梗塞。
このリスクは聞いてはいたし、
同じ筋ジスの兄が脳梗塞で
目が見えなくなった。
でも、可能性の話やから
自分は大丈夫やろうって過信していた。
28歳と6ヶ月、それは俺にも降りかかる。
突然右耳が聞こえなくなった。
断定はできないが、
おそらく脳梗塞が原因の突発性難聴。
このときまで、予期しない病気で
目の前が真っ暗になる経験をしたことがなかった。
めまい、ふらつきで起きていられない。
ずっとこのままだったら…。
このどうしようもない怖さ。
この状態で生きていく不安に、押しつぶされそうになった。
右耳が聞こえなくなってはじめて、
誰にも吐き出すことのなかった、
自分も知らなかった、
俺が内に秘めていた想いを
ヘルパーさんと看護師さんに
涙ながらに語ることができた。
誰かにネガティブな想いを
吐き出すことの大切さを知る。
人前で泣いたのは久しぶりやったな。
しばらくして、右耳が聞こえないという
違和感だけを残して、いつも通りの日常に
戻れたときの喜びは覚えている。
今ではこの違和感も消えてなくなった。
時が解決するのは気持ちだけじゃないんやな。
思い返せば、筋ジスの進行とともに
車いす、人工呼吸器、胃ろう、
突発性難聴という変化を
心もカラダも気づいたら受け入れていた。
慣れたというほうが正しいか…
ほんまに人間の適応能力ってすごい。
この病気のおかげで知ることができた。
聴力を失って、見つけた“新しい幸せの形”

突発性難聴となってから、
生活のリズムと習慣が変化する。
これまでの生活を振り返ると、
朝起きて、夜寝るまで
車いすの上で1日を過ごしていたんよな。
右耳が聞こえなくなったばかりの頃、
めまいによるふらつきで
カラダを起こしておけず、
ほぼ寝たきり状態に…。
このときまでベッドの上での生活を
考えたことがなかったな。
これを期にベッド生活を
充実させるために
いろんな機器、アイテム
(指マウス、スマホスタンドアームなど)を導入。
ちなみにアレクサを使った
スマートホーム化は
突発性難聴になる以前からしていた。
あとは音が出る機器類は
部屋の左耳側に変えたりやな。
右耳が聞こえなくなって、半年ほどで
元の生活に戻れたのは幸いやった。
あまりにもこの半年のベッド生活が
快適になりすぎて、危うくカラダの機能が
落ちそうになったのを思い出す。
そこからは朝起きて、車いすに乗ってから
午後か夕方のお風呂後に
横になるスタイルになったんよな。
体重が激減する以前の
食事量とはいかないが、
一人前の量を食べられるまでに復活!
体重は増えずとも維持ができている。
再び、食が楽しめるようになって
生活と外出に彩りが戻り、
生きている実感を取り戻した。
それからというもの毎日が充実していて、
インドアもアウトドアも
好きなハイブリッド人間へと進化。
誕生日がすぎてすぐ、
ポジティブな別れもあった。
遠距離恋愛で5年付き合った
彼女との別れ。
遠距離に疲れた彼女、
「隣で寄り添える伴侶を探したい」
とのこと。
それなら引き留める理由もなく、
幸せになってくれと送り出したんよな。
もちろん、ショックはあった。
やけど、これからもどこか寂しい思いを
彼女にさせ続けなくて良かったとも思う。
この病気がなければ、そばにいれたのに…。
また一つ、筋ジスを憎む理由が増えた。
別れることになったが、彼女には
出会えたこと、日々の中で
俺が大きく成長するきっかけと
力を与えてくれたことに感謝している。
別れは新しい始まり。
俺は新しい幸せを探して、
これからも最高の人生にしていこう。
気持ち新たな始める30歳からの道を
楽しむことを誓った、そんな夏やった。
まとめ:奪われても、取り戻せるものがある。時が導く“生き直し”の力

ということで、
筋ジス当事者である翔平坂の
28歳から30歳までの経験を元に
時が解決してくれるのは、
心の問題だけじゃないことと
病気が進行して、奪われても
再び、取り戻せるものがあること
について書いてきた。
一度はあまり食べられず、
痩せる一方で体力も活力も失い、
食べるという生きる喜びすら失いかけた。
それから突然の突発性難聴で
右耳の聴力だって失った。
筋ジスと生きていると
失ってばかりだと決めつけていた。
たしかに取り戻せないものもあるが、
人工呼吸器や胃ろうなどの助けがあれば、
体力と活力、希望だって取り戻せる。
受け入れがたい病気の進行と
障害に対する想い。
そして、カラダの状態。
これらは時が解決してくれる。
想いは薄れていって、
カラダの状態には慣れていく。
時の万能さと残酷さは恐ろしくも味方になる。
当たり前にあると思っていたものとの
別れは悲しくとも、
新しい何かが始まると信じて、
新しい幸せを探し続けるのが人生。
引き続き、最高の人生を生きていこう。
30歳からの新しい旅路も、
きっと笑顔で続いていく。
これからも、筋ジスと共に、
俺は俺の人生を生き抜いていく。
この記事を読んで、筋ジスのあなたと
ご家族の参考になれば、幸いです。
また、よろしければコメント欄にて
今回の記事・筋ジスについて、
あなたの気になったこと・ご経験、
ご意見・ご感想を
お聞かせいただけると幸いです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



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