筋ジスの俺が 病院関係者からの質問に答えてみた!part.1【病気と人生会議編】

デュシェンヌ型筋ジストロフィー

どうも!筋ジス ブロガーの翔平坂やで~

去年か一昨年、時期を忘れたが、
主治医から病院関係者の研修で
筋ジスや人生会議について
話してほしいと頼まれた。

その研修会で俺が話したことは
自分でも興味深かったんよな。

最近、書類整理をしたら…
主治医がこの研修会の音声を
文字起こししてくれた紙を発見!

せっかくなので、皆さんにも
その内容をお届けいたします。

今回の記事は、
筋ジスや人生会議についての研修会での
病院関係者からの質問への
翔平坂の回答第1弾
【病気と人生会議編】

を紹介していく。

この記事を読んでいただくと、
デュシェンヌ型筋ジストロフィー
(DMD、以下「筋ジス」)
当事者
が病気と共に生きてきた想いと
人生会議をきっかけに得たモノを
病院関係者からの質問によって、
より深く知ることができます。

筋ジスのあなたやご家族に
希望を届けられますように…

質問への回答が長文のため、
ブログ記事を5回に分けて紹介!
まずは、第1弾をどうぞ~

それでは最後まで
お付き合いしていただけると幸いです。


※本記事は主治医のご協力で
音声を文字起こしし、固有名や病院名は
プライバシーに配慮して表記を控えています。
また、質問の答えに“恐れ/うつ/死”に関する話題を含みます。

困ったときは、各自治体の相談窓口や
医療機関へ早めにご相談ください。

10代・20代:筋ジスと「距離感」の変化

10代:受け入れられなかった

自分が「筋ジス」という病気であるのは、
小さい時から頭のどこかで
なんとなく病気のことを知りながら
30年生きてきた。

10代の頃が一番、自分の病気について
受け入れられなかった。
「なんでこうなんだ」って、
考えることが多かった気がする。

それは、親に言える部分と言えない部分があった。

自分の中でも、はっきりと。
その時の気持ちはどうだったのか?
簡単には今でも説明できないな。
しいて言うなら、
とにかく、ぐちゃぐちゃしたもの。

20代:人工呼吸器と認識の変化

年齢が上がるにつれて、自分のこと、
病気のことを受け入れるわけではないけど、
これが全部、自分なんやと
思うようになった。

20代で、人工呼吸器を使うようになって、
より認識をしていった感じ。

自分の病気について、
考えないようにしていたところから
考えずにこのまま生きていけば、
絶対に後悔するって思った。

そこからこの病気について、
自分でちゃんと考えようと思って、
その時に、ちゃんと病気のことを
知っておきたい・向き合いたいと思った。

この時に病気を受け入れたわけではないけれど…認められたのかな?

自分の中で、人生の終わりではないけど
この人生の流れが、筋ジスの経過が、
ちょっと見えたことで、ダラダラと
何気なく日々を過ごすには、
時間が惜しいなって思うようになった。

人生会議(ACP)で見えた「今を生きる理由」

用語ミニ辞書|人生会議(ACP)とは?
将来の医療・ケアについて、元気なうちから
本人・家族・医療者が繰り返し話し合い、共有するプロセス。
結論を一度で決める場ではなく、
状況や気持ちが変われば更新していくのが前提です。


そんな頃、主治医との人生会議が始まって、
より病気を受け入れたっていうのかな?
いや、受け入れてはないか。

ただ 「死」が、人よりも早い。
どうしても、そこは変えようのない事実で
受け入れがたいけれど、
それでも受け入れるしかない。

変えようがないなら
せっかくの自分の人生なんで、
やるだけやって、
好きなことをして終われたらいい__
そう思うようになった。

20代前半は筋ジスとか
人生の最期なんて、深く考えてこなかった。
反対に考えるようになって、
余計に怖くなった部分もある。

病気に対する恐れっていうのが、
漠然としたものがリアルになった。

人生会議が理由というより、
歳を重ねるにつれて、この恐れが少しずつ、
大きくなってきたのかなって感じがする。

それが、ちょっとずつ分かってきて、
その中で、どう生きていきたいかって
ちゃんと考えるようになったのは、
人生会議のおかげ。

どう言葉にしたらいいのか?難しいな。
病気と生きてきて思うのは、
俺の人生、人より短いかもしれんけど、
そんなに悪くない人生を
生きられるんちゃうかなって、
ちょっと思うようになった。

もちろん、死を受け入れられたわけではない。
怖さは消えないまま、それでも「まだ生きたい」が
自分の芯に残っている。

それが生きてる限り、続くんやろな。
どうしたって病気の進行って怖い。

自分で納得させるわけではないけど、
自分なりに「これでよかったな」って
思えるように「生きられたらいいな」
というのが今、現在の想い。

人生会議(ACP)をやる意味:終わりではなく「今」のため

忘れてはいけないのが
人生会議が「終末の話」ではなく
「今をどう生きるか」を見直す場であること。

想いって、時間の経過や日々、変わっていく
自分次第で揺らぐモノで。

人生会議を開くたびに、
今の自分が何を考えていて、
どう生きたいのか?を
毎回、考え直す機会になっているから、
人生会議は、やったほうがいいと思う。

いますぐ、人生の終わり方を
考えるんじゃなくて、
今をどう生きたいのか?
今、どんな想いで生きているのか?を
考えた先に、人生をどう終えたいのか?に
つながって、この瞬間を
よりよく生きられる。

俺は人生会議をポジティブに捉えている。
自分の中ではやってよかった。
これからも続けていこうって思っている。

自分の病気や生き方と
前向きに向き合うきっかけっていう
ところで、主治医が人生会議をやらない?
って言ってくれて良かった。

まとめ

ということで、
筋ジスや人生会議についての研修会での
病院関係者からの質問への
翔平坂の回答第1弾
【病気と人生会議編】

を紹介してきた。

自分のことって、
わかっているようでわからない。
言葉にして自分の耳に入れたときに
ハッと気付かされることがある。

持論やけど、自分だけで考えるより、
人からの質問を介したり
人に聞いてもらって 考えたほうが
自分のことをポジティブに知れる。

やけど、自分のことを人に話す機会って、
なかなか ないよな。

やから、俺は自分を知るために
こういう依頼を引き受けているのかもしれない。
その先に誰かに良い影響を与えられたら、いいな。

今回は、これまで…


これは個人の体験記であり、
医療的判断は担当医へ__

質問への回答が長文のため、
ブログ記事を5回に分けて
これから紹介していきたいと思います。

まず、第1弾を読んでくださった皆様、
ありがとうございました。
次回【病気の告知編】をお楽しみに…

よろしければコメント欄にて
今回の記事・筋ジスについて、
あなたの気になったこと・
ご意見・ご感想を
お聞かせ いただけると嬉しいです。


・医療者向け:現場で役立った問いかけ方があれば、ぜひコメントで共有してください。
・当事者・家族向け:あなたの“人生会議”の工夫や心の変化、よければ一言お願いします。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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