運動会の季節!筋ジス小学生の苦悩と思い出|配慮されすぎると、ちょっと気になる

生活

どうも!筋ジス ブロガーの翔平坂やで~

障害をもつ子どもへの配慮って、
ホンマに難しい。そんな配慮されてきた
翔平坂だから、よく知っている。

世の中には、大人であっても、
モヤモヤしてしまう配慮があるよな。

なおさら、子どもなら、この配慮を
受け入れられず、傷ついてしてしまう。

良い配慮か? どうかは、本人の感じ方に
よって、千差万別。

だからこそ、子どもに、
大人は どんな配慮を考えているのか?を
伝え、子どもの意見を聞いてあげることが
大切やな。

今回の記事は、
多くの配慮を経験してきた 翔平坂が
小学生のころに受けた 運動会での配慮で
感じた モヤモヤを
当時の出来事を通して、紹介していく。

この記事を読んでいただくと、
筋ジスと生きてきた 翔平坂の
これまでの経験を通して、
進行する筋ジスと 向き合って
生きていくためのヒントが見つかります。

よろしければ コメント欄にて
今回の記事について、
あなたの気になったこと・
ご意見・ご感想をお聞かせください。

それでは 最後まで
お付き合い いただけると幸いです。

大人たちの配慮が 子どもを置いてけぼりに…

障害があっても、周りのみんなと
同じように、イベントに参加し、
楽しめる工夫を考えるのは、大切。

ただ、そのとき、子どもの想いを
汲み取らずに、大人たちが
勝手に 決めてしまうのは 違う。

障害がある 子どもの配慮を考えるなら、
なおさら、気をつけないといけない。

翔平坂が 小学校で受けた配慮には
「なんか違うな」と思うことが多かった。

どこか 特別扱いのような雰囲気が
伝わってきて、大人のやってあげた感が
あまりにも 見え透いていたから。

イメージしてもらいやすくするために、
翔平坂の経験から 一例を紹介する。

校外学習の工程で、
車いすでいけない場所があると、
他の子どもたちと別れて、別の場所で
別の体験をさせられた。

大人たちの想像だけで決めてしまう配慮は、
子どもの心を傷つける。

他の子どもたちと 同じように、
できないから別のことをさせよう。

健常の子どもと競わせるのは、
かわいそうだから ハンデをつけよう。

こういうことではない。

障害をもつ子どものためを思うなら、
どうすれば、同じようにできるのか?
ハンデが必要だと思っているのか?

障害のある子どもに
こういうときは、どうしたいのか?
こういう配慮をどう思うのか?
聞いてあげてほしい。
そして、一緒に工夫を考えてあげてほしい。

ハンデはいらないし、見世物にされるのも違う

カラダに 障害がある子どもが
運動会に参加するとなると、
どうしても、周りは 気をつかう。

そして、その気遣いが
いつも、おかしな方向に進みがち。

それに 他の子どもたちの道徳教育のダシに
されたりもする。俺は教材じゃない。
(翔平坂の経験上)

ただ、俺が求めていたのは、他の子どもと
同じように 運動会に参加したい。それだけ。

小学校のころ、運動会での配慮で
深く 記憶に残っていることがある。

徒競走では、早歩きしかできないから、
必ずというほど、ビリになってしまう。

それでも、子どもの俺は、
仕方ないかぁ~と気にしていなかった…。

これを見た教師たちは
「結果が決まっていて、かわいそう」
だからと、ゴール手前20mからのスタート
という嬉しくないハンデをくれた。

俺は、勝ち負けよりも、みんなと
一緒に 走りたかっただけ。
俺は、足の遅い子どもでしかない。

ちなみに ハンデがあっても、
ビリなのは 変わらなかった。
こんなんで 勝ちたくないよな。

ハンデのせいで、一部の子どもたちの
「ずるい」という言葉に傷つき、
真剣勝負を楽しみにする
友達に合わせる顔がなかった。

運動会 当日の徒競走で
待っていたのは、これだけじゃない。

よーいドン!と、あっという間に
友達がゴールしても、俺は早歩きを続ける。

「いけるぞ~」「すごいすごい」
「あきらめるな~」という
見守る人たちの声援に 違和感を
覚えたのが忘れられない。

見世物にされていることに
気持ち悪さを感じた。
今なら、この感情の正体がわかるが、
この時は言葉にできず、つらかった。

特別なことは何もしていないのに、
褒め讃えるのは、やめてほしかった…。

みんなと一緒にできれば それでいい!

他の子どもたちと 同じように 運動会を
楽しめれば、勝ち負けなんて 気にならない。

障害があるからといって、アレコレ
配慮しようなんて考えなくていい。

俺はそう思う。

大人たちが考える気遣いは、
障害のある子どもにとって、
余計なお世話になることがある。

だからこそ、子どもの声に耳を傾けて、
何を求めているのか? どうしたいのか?
を 一緒に 考えてあげてほしい。

小学校時代を振り返ると、
大人たちの想像で、何でも決められていて、
そのことをギリギリまで知らされずに、
その場で知ることが多かった。

自分のためにしてくれているから
「そうじゃない」「みんなと違うの?」と
思っても、大人たちに何も言えず、
悲しい想いを隠しながら、笑っていた。

他の子どもと カラダに違いがある。
そんなことは イヤと言うほど分かっている。

どうしようもないこと以外は、
できるなら、みんなと一緒にしたい。

たとえ、できなかったとしても、
ちゃんと話し合えていれば、大丈夫だから。

ハンデだって、いらない。

他の子どもたちはみんな、
自分の力で運動会に参加しているから、
俺も できる限りの自分の力で
みんなと同じように、がんばりたかった。

まとめ

運動会の季節!筋ジス小学生の苦悩と思い出
|配慮されすぎると、ちょっと気になる

ということで、
多くの配慮を経験してきた 翔平坂が
小学生のころに受けた 運動会での配慮で
感じた モヤモヤを
当時の出来事を通して、紹介してきた。

障害をもつ 子どもへの大人の考える配慮は
本人が求めていること、想いとズレがある。

「こうだろう」と決めつけてしまう前に
「どうしたいのか」を
ちゃんと 聞いてあげてほしい。

本人が モヤモヤして 楽しめない
配慮には 意味がないから。

みんなと一緒に
楽しく 過ごせれば、何でもよかった。
ハンデもいらないし、
見世物にもされたくない。

配慮よりも、
みんなと同じように扱ってほしかった。

この記事が、筋ジスのお子さんと
ご家族の参考になれば、幸いです。

よろしければ コメント欄にて
今回の記事について、
あなたの気になったこと・
ご意見・ご感想を
お聞かせ いただけると嬉しいです。

また デュシェンヌ型
筋ジストロフィー について
気になることなども あれば
コメントを お待ちしております。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

生活
スポンサーリンク
シェアする
翔平坂をフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました