進む筋ジス!歩けなくなった あの日と車イスになって、経験した世間の優しさと厳しさ

デュシェンヌ型筋ジストロフィー

どうも!筋ジス ブロガーの翔平坂やで~

いつかは…と分かっていても、
突然、その日は訪れる。

昨日までは歩けたのに、
朝、起きると歩けない。

当たり前が失われた姿に、
子ども以上に親は衝撃を受ける。

ある日突然、足に 力が入りづらくなる。
俺は 子どもながらに歩けなくなると、
気付いていた。

だが、親は 子どもの迫る変化を
知ることはできない。

いざ、歩けなくなると、
言葉にできない衝撃に怖くなった。

それでも、朝ごはんを作る母に
「歩けんくなった」と笑いながら、話した…

今回の記事は、
本格的に 車イスを使うまでの流れ、
車イス生活になって、悪くないなと
感じる瞬間と襲い掛かってきた
理不尽を書いていく。

この記事を読んでいただくと、
筋ジス当事者のこれまでの経験を通して、
進行していく筋ジスと向き合って
生きていくためのヒントが見つかります。

よろしければ コメント欄にて
今回の記事について、
あなたの気になったこと・
ご意見・ご感想をお聞かせください。

それでは 最後まで
お付き合い いただけると幸いです。

歩けなくなった あの日

10歳になったころ、長時間、
歩き続けることが
きつく 感じるようになった。

床からの立ち上がりも 苦戦するようになり、
椅子がない生活は 考えられない。

ついつい、外でも座れる場所を見つけると、
お尻が 吸い寄せられるように座った。

このとき ふと、歩けなくなる日が 間近に
迫っていると、頭によぎったのを思い出す。

やけど、怖れはなかった。
もう歩きたくないと思うくらい、
歩くのが しんどかったから…

車イスを作って、しばらくは、
歩き疲れたら、車イスに乗るくらいだった。

思春期が始まったばかりで、車イスに
乗るのに、どうしても抵抗があった。

車イスに乗りたい気持ちと、車イスが
恥ずかしくて乗りたくない気持ちで板挟み。

11歳、支えがあれば、かろうじて立てたが、
ついに、歩くことはできなくなる。

家の中では、すのこにローラーをつけた板に
座って、動き回るか、ハイハイをしていた。
外へ出れば、車いすの生活に…。

腕の力も弱いから、自分で自由にとは
いかず、人に押してもらうことが多かった。

12歳、車イスでも自由に動けるように、
電動車イスを作ったのは、たしかこの辺り。

なんやかんやで、本格的に 電動車イスを
乗り回すようになったのは、中学入学から。

ちなみに、歩けなくなり、
家の中の移動方法で編み出した
すのこローラーはオススメ。

ハイハイは 手が汚れるし、疲れる。
なにより、友達を 家に呼んだ時、
恥ずかしいから 嫌いだった。

車イス生活も悪くないと思える瞬間がある

ときどき、心優しき人に出会えて、
世の中、捨てたモノじゃない。

外出中、困っていると
ふと、手を差し伸べてくれる人がいる。

善意だけで、ためらわずに 行動に移せる。
もし、自分が健常者なら できただろうか?

「ありがとうございました。」と
振り返ると、その人は、もういない。

一人での外出中、歩道の段差に気付かず、
車イスから落下しそうになったとき…
どこかから 見知らぬ男性が
やってきて 助けてくれた。

お礼を言うと「当たり前のことです」と
颯爽と去っていった イケメンがいた。

見返りを求めずに、当たり前に助ける。
そんな心意気に ジ~ンとくる。

荷物が多く、扉を開けるのに、
手こずっていると、
それを見かねた夫婦が、
扉を抑えてくれて通ることができた。

それだけでも、充分 ありがたいのに、
わざわざ 駐車場まで 荷物を運んでくれた。

障害がなければ、
出会うことがなかった人がいる。

色んな年代の人や外国人ヘルパーさんと
知り合えるというのは、貴重なこと。

それだけで 世の中には
いろんな人がいて、人生があると
広い視野を持つことができる。

世界を旅するバックパッカーをやっていた
ヘルパーさんが忘れられない。

彼は お金が無くなると、
帰国して、旅費を貯めるために働く。

世界を旅した話・写真を聞かせて
見せてくれたのは良い経験。

刺激的で アグレッシブな人だった。

旅行や外出先が バリアフリーに
なっていなくて遠回りさせられても、
本当なら 関係者しか通れないところを
通れるのが楽しい。

公共・民間の施設を利用するときに、
どうしても、車いすで通れない場所がある。

そんなとき スタッフさんに言えば、
一般開放されていない通路から
通してもらえることがある。

遊園地のアトラクションに案内される時は、
遊園地の裏側を見られるから、面白い。

ただ、夢の国に行ったとき、
現実に 引き戻されたけど…

車イスだと避けることのできない理不尽がある

どこかで 心ない言葉や人に遭遇して、
人の悪意を感じて 嫌になる。

人は みんな、生きていれば、
障害があってもなくても、
人の悪意に出会うモンやけど…

ただ、車イスだからこそ、
味わう社会の理不尽がある。

理解がなくて、心ない言葉を
言っているだけだと分かっていても、
やっぱり、言われると しんどい。

昔、あるイベントに参加したとき

出店の前で、ぼんやりとしていると、
後ろから「おい、そこの車いす、どけ」
という叫び声が飛んできた。

とっさのコトにかたまってしまった。
「聞こえんのか、車いす」って
ドカドカと向かってきて、怖くて逃げた。

ホントになんだったのか?

家族に何かしら大変な思いをさせてしまう

介護って、先が見えないから、本人と
家族、お互いに 身も心も削りあっていく。

家族は「介護は、自分がやらないとあかん」
と思いこんで、背負ってしまう。

弟や妹をヤングケアラーにさせたのは、
兄として、申し訳なかった。

なにより、家族の苦しむ姿を見るのは、
心が押しつぶされるくらい、つらかった。

だから、家族の心と体はもちろん、
人生を守るためにも、介護サービスは必要。

生理現象に対する厳しさ

しばらく、優先トイレがないから
行っとこうとか、
トイレに行きたいとなっても
空いてない、なんてザラにある。

待っていると、着替えやメイクに
使っていたというのは腹立った。

まとめ

進む筋ジス!歩けなくなった
あの日と車イスになって、経験した
世間の優しさと厳しさ

ということで、
本格的に 車イスを使うまでの流れ、
車イス生活になって、悪くないなと
感じる瞬間と襲い掛かってきた
理不尽を書いてきた。

筋ジス、いつかは 歩けなくなるけれど、
生き方次第で、悲しいことじゃなくなる。
だから、今日も 笑って生きよう!

親が自分の病気で悲しむ姿は、見たくない。

車イス生活で、たしかに 傷つくこともある。
でも、温かい優しさに触れると、
「この人生も 悪くないな」って思える。
失ったモノは 数えずに 自分を愛そう!

この記事を読んで、筋ジスのあなたと
ご家族の参考になれば、幸いです。

よろしければ コメント欄にて
今回の記事について、
あなたの気になったこと・
ご意見・ご感想を
お聞かせ いただけると嬉しいです。

また デュシェンヌ型
筋ジストロフィー について
気になることなども あれば
コメントを お待ちしております。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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